Flare

写真とカメラにをメインに、そして時々ヘビメタや文学関係を書いています。

秋の夜長に「旅の本」はいかがですか?

はじめに

 

僕は「旅」についての本(紀行文や小説などなんでも)が大好きです。

 

中学生のときは『キノの旅』と『狼と香辛料』が、大学生のときに文学に目覚めてからは『パタゴニア』と『ジャック・ロンドン放浪記』が愛読書となりました。

 

なぜこんなに「旅」に関する本が好きなのか――自分でもよくわからなかったのですが、イタリアの作家アントニオ・タブッキの『島とクジラと女をめぐる断片』(青土社)にある次の一節を読んでやっとしっくりしました。

 

旅行記がおもしろいのは、不可避で重苦しい僕たちの日常の「ここ」に対して、理屈めいてもっともらしい「よそ」を見せてくれるからだ。”

 

まさしくその「よそ」を見せてくれる「旅」を追体験できることが旅行記や紀行文などの最大の魅力だと思います。

 

今回は、そんな「旅」についておすすめしたい小説や紀行文、写真集5冊を紹介していきます。

 

 

1.『パタゴニア』/ブルース・チャトウィン

パタゴニア (河出文庫)

パタゴニア (河出文庫)

 

 子供のころに祖母の家でパタゴニアから発掘された一片の古い「皮」を見つけたことがきっかけで、パタゴニアという辺境に対して夢想と憧憬を抱いたチャトウィンは大人になったある日、仕事場に「パタゴニアに行ってきます」という一枚のメモを残してパタゴニアへ旅立ちます。

 

旅の目的は、その「皮」が発掘された洞窟(現在のパイネ国立公園近く)まで行くことですが、その道中の体験と併せてその土地にまつわる神話や伝承などを織り交ぜながら語るという独特な手法で描かれているため、読者は「皮」のことなんか忘れてその物語に夢中になってしまいます。

 

そうした手法が評価され、『パタゴニア』は20世紀最高の紀行文学と称されています。

 

チャトウィンは「なぜ人は旅をするのか?」という根源的な問いに対して答えを追い求める放浪者で、その後オーストラリアの先住民族アボリジニが創造した見えない道“ソングライン”をたどる中で答えを見出そうとします。

 

その体験をもととした紀行文『ソングライン』を上梓した後、チャトウィンは病に倒れ、その病床に伏せている間に回顧録ともいうべき自薦短編集『どうして僕はこんなところに』を執筆し、そしてそのまま帰らぬ人となってしまいました。

 

チャトウィンパタゴニアへ旅立つ前は、サザビーズの鑑定士や新聞社の特派員を務めていたことから、世界を見る視点がユニークな上に文章も洗練されており、『パタゴニア』以外の著作もぜひ手に取って読んでいただきたいです。

 

ソングライン series on the move

ソングライン series on the move

 
どうして僕はこんなところに (角川文庫)

どうして僕はこんなところに (角川文庫)

 

 

なお、『パタゴニア』はこれまで「世界文学全集」(川出書房新社)の中に収められていたのですが、昨年に文庫化されて入手しやすくなりました。

 

 

2.『すべての美しい馬』/コーマック・マッカーシー

すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)

すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)

 

 

人間の暗部を独特の乾いた文体であぶり出すコーマック・マッカーシーの「国境三部作」の第一部です。

 

コーマック・マッカーシーは日本ではあまり知られていませんが、映画好きの方であればコーエン兄弟が制作した「ノーカントリー」の原作者といえば分かるかもしれません。

 

ちなみに、この『すべての美しい馬』もマット・デイモン主演で映画化されているのですが、ちょっと原作負けしていて残念な出来栄えです。

 

物語の舞台は1949年のテキサス。

 

主人公は祖父が経営する牧場で暮らしており、その牧場と馬たちをとても愛していました。

 

しかし祖父が亡くなると、遺産相続人である母は時代遅れとなってしまったその牧場を売却してしまい、主人公は自分の居場所を喪失してしまいます。

 

そこで主人公は親友とともに愛馬を駆って、まだ馬との生活が残っているメキシコへと越境します。

 

馬たちの息遣いと赤い荒野、静寂、雨の匂い、焚き火とそれを取り囲む闇――読み進めるうちに、きっと読者の心の中に眠る放浪者が呼び覚まされるはずです。

 

そして紆余曲折を経て、2人はとある大きな牧場の牧童として働くことになるのですが、主人公と牧場主の娘が恋に落ちてしまい――?!

 

主人公はこの喪失の旅で何を得たのか――ぜひこの後につづく『越境』と『平原の街』も読んでこの物語の結末を見届けていただきたいです。

 

特に、10~20代の若い方に強くおススメします。

 

きっとこの世界の見方が変わると思います。

 

越境 (ハヤカワepi文庫)

越境 (ハヤカワepi文庫)

 
平原の町 (ハヤカワepi文庫)

平原の町 (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

3.『鉄道大バザール』/ポール・セルー

鉄道大バザール 上 (講談社文芸文庫)

鉄道大バザール 上 (講談社文芸文庫)

 
鉄道大バザール 下 (講談社文芸文庫)

鉄道大バザール 下 (講談社文芸文庫)

 

 

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」

 

これは内田百閒の「阿房列車」シリーズの有名な一文で、このシリーズでは夏目漱石の弟子でり、また鉄道オタクという一面をもった内田百閒が弟子を連れ、借金までして行った愉快(?)な鉄道旅が描かれているのですが、『鉄道大バザール』はその世界版ともいうべき紀行文です。

 

第一阿房列車 (新潮文庫)

第一阿房列車 (新潮文庫)

 

 

 このポール・セルーも内田百閒に負けないくらいの鉄道オタクで、本著では「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つてユーラシア大陸一周へ行つて来よう」と思ってロンドンを出発し、日本を経由して最後はシベリア鉄道でロンドンへ戻るという壮大な鉄道旅が描かれています。

 

時代は1970年代――まだまだアジアにおける旧宗主国の支配の爪痕は残っていたようで、ポール・セルーは鉄道事情からそうした問題を切り取り、軽快かつブラック・ユーモアも織り交ぜながら描き出していくのが大変に興味深くおもしろいです。

 

これを読むと無性に鉄道に乗って旅に出たくなります。

 

もちろん、ポール・セルーがシステマチックで退屈と切り捨てた新幹線ではなく、在来線などで旅をしたいです。

 

僕はこれを読んだ後に、アマゾンプライムシベリア鉄道の旅を見てしまいました。

 

ちなみに、ポール・セルーはこの大旅行から帰ったら、なんと奥さんがその間に浮気をしていたことが分かり、大変な目にあったとかあわなかったとか・・・。

 

 

4.『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』/村上春樹

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

 

 

村上春樹氏の小説にはよくウィスキーが登場します。

 

印象的なシーンはいくつかありまして、例えば『ノルウェイの森』では美大生と一緒に七輪でシシャモを焼きながらシーバス・リーガルを飲んだり、『ダンス・ダンス・ダンス』では主人公の部屋に訪れた五反田君に即席でつくったおつまみとカティー・サークをふるまったりしました。

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 
ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

 

 

村上氏の小説におけるウィスキーは、主に親密さや孤独、緊張や重苦しさからの救済などといった装置としての機能を持っていると思います。

 

本著は、そのウィスキーをテーマとして村上氏が、ウィスキーの二大聖地であるスコットランドアイルランドを訪れた紀行文です。

 

ウィスキー蒸留所の見学や地元のパブでの飲み比べ等々、ウィスキー(正確にはシングルモルト)についての紹介だけではなく、ウィスキーに対する醸造家の矜持やパブ常連客の姿勢から普遍的な人生哲学のようなものを読み解くことができます。

 

また紀行文という体裁ですが、所々に村上夫人が撮影したとてもすてきな写真が掲載されていて、ウィスキーを片手に写真だけを楽しむというのもいかもしれません。

 

なお、村上氏による紀行文はこのほかにも多く出版されていて、本著をきっかけにそれらも手に取って読んでいただけたら幸いです。

 

 

5.『POLAR』/石川直樹

POLAR ポーラー

POLAR ポーラー

 

 

石川直樹氏は人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている写真家です。

 

また2001年に、当時の七大陸最高峰登頂世界最年少記録を塗り替えるなどの活躍をされています。

 

その石川氏が10年にわたって断続的に旅してきた北極圏を一冊の写真集にまとめたのがこの写真集です。

 

一口に「北極圏」といってもその範囲は広く、具体的には北緯66度33分以北の地域のことを指し、アメリカやカナダ、ロシアをはじめ8カ国にまたがっています。

 

「北極圏」と言えばとても寒いイメージがありますが、実際の気温は、国立極地研究所の共同利用施設であるニーオルスン観測基地(北緯79度)で見ると、平均気温は-6.2度、最低気温-42.2度だそうです(ちなみに、北極と南極どちらが寒いかというと、南極の方が寒いようです。南極恐ろしい・・・)。

 

そしてこの地域は、真冬に太陽が昇らない極夜と、真夏に太陽が沈まない白夜が訪れます。

 

そんな私たちの想像を超えるような厳しい気象条件下での人々の暮らしや風景がこの『POLAR』で見ることができます。

 

この写真集に収められている写真は単なる記録などではなく、そこには確かに自然の畏れと人間の力強い生を感じられることができます。

 

またこれがすべてフィルムで撮られているので、時代に左右されないようなリアリティーと力強さがあります。

 

ちなみに、なぜデジタルではなくフィルムで撮るのかというと、フィルムという撮る枚数が制限された不自由さが「突き抜ける力」を生むとのことです。

 

いやはや、普段デジタルで無用にシャッターを切る身としては耳が痛いです。

 

www.ana.co.jp

 PLAUBEL makina670とまでは言わないけど、フィルムカメラ買ってみようかな・・・。

 

 

おわりに

「旅」というのは過渡的で一時的なものでありながら孤独であることを要し、その人をよりタフにさせます。

 

したがって「旅」は人間の営みの中で必要な行為だといえますが、現実的に僕らは時間やお金といった制約からなかなか「旅」をすることができません。

 

だからこそ、紀行文や小説などは重要な存在意義を有していて、僕たちはそれらを通して「旅」を追体験することで少しだけタフになることができるのではないでしょうか。

 

最後に、結果として5冊以上の本を紹介していますが、このうち1冊でも興味をもっていただけると嬉しいです。